時計選びで病んだ話。結局わかったのは、テンションが上がるかどうかだけだった。

時計の雑談

通勤中のラクマが、全部の始まり

電車の中でラクマを開く。

最初は軽い気持ちだ。「ちょっと相場を見ておこう」くらいのつもりで、気になってた型番を検索する。

これが罠だった。

一度詳細ページを開くと、似たデザインの時計がアプリ中に広がり始める。ケース径違い、素材違い、ブランド違い、インデックスの作りこみ違い——同じようで全然違う時計たちが無限に並ぶ。

比べる。また比べる。さらに比べる。

そのうち全部同じに見えてくる。

ゲシュタルト崩壊、時計版。

疲弊して、何も買えなくなる

比べすぎると、判断軸が壊れる。

最初は「デザイン」で比べていたはずが、いつの間にか「サイズ」「金額」「ケース素材」「ブレスの仕上げ」「出品者の評価」まで全部が気になり出す。

情報が多すぎると人間は動けなくなる。

探すことに体力を使い果たして、結局何も買えないまま駅に着く。これを何度繰り返したかわからない。

「安い個体」の罠

そういう沼にいるとき、魔物が現れる。

相場より明らかに安い個体だ。

見つけた瞬間、心臓がドキッとする。「これはチャンスかもしれない」という感覚。手が止まる。

でも冷静になると気づく。

自分が惹かれているのは、デザインじゃなくて安さだ。

それって結局、妥協だ。「本当に欲しいもの」じゃなくて「お得なもの」を買おうとしている。それで満足できるわけがない。

ちなみに最近は金無垢の時計を安く見かけると、金のグラム数から現在価値を計算し始めるようになった。完全に病んでいる。

結局、判断基準はひとつだった

迷いに迷って、いろんな失敗をして、ようやく気づいたことがある。

時計選びの判断基準は、たったひとつでいい。

つけたときにテンションが上がるかどうか。

それだけだ。

スペックがどれだけ良くても、価格がどれだけお得でも、テンションが上がらない時計をつけ続けることはできない。毎朝手首に巻くものだから、「まあいいか」で選んだものは必ず後悔する。

逆に言えば、多少割高でも、スペックが地味でも、つけるたびにテンションが上がる時計なら正解だ。

「好み」は、迷いながら育つ

「好みがわからなくなる」という感覚、時計好きなら絶対に通る道だと思う。

でも今は、それも悪くないと思っている。

ゲシュタルト崩壊するくらい比べた経験が積み重なって、「自分はこれじゃない」「これは惹かれる」という感覚が少しずつ研ぎ澄まされていく。迷ってる時間も、全部「好みの育成期間」だ。

答えが出なくても、焦らなくていい。

テンションが上がる1本は、ちゃんと存在する。

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